4、

――どうしたらいいか分からない。大学でみんな、俺の悪口言ってる

数分後、「既読1」という表示がつき、

――?? どゆこと?

駿からメッセージが届いた。返信しようと文字を打っていると直接電話がかかってきた。

「あ、民喜? いまライン見たけど、どうした?」

 駿の声を聞いて、微かにホッとする。

「あ、駿。ごめん、いま大丈夫?」

「いや、全然大丈夫だ。何があった?」

「大学でみんなが俺の悪口言ってる」

「え、悪口? どんな?」

「弱虫とか、無責任とか……授業さぼっている、とか。確かに、最近授業出てない俺も悪いんだけど……。あと、デモに行かなかったとか」

「それを誰が言ってるって?」

「誰かははっきりは分がんねえけど。多分、みんな」

「みんな?」

「んだ、大学全体」

 しばらくの沈黙の後、

「民喜の悪口を言ってる奴なんて見たことねえよ……。何かの間違いじゃねえか?」

 低い声で駿は呟いた。

「いや、確かに聞こえた」

 駿が黙っているので、

「あと、コンビニでも言ってた」

と続ける。

「コンビニ?」

「んだ。今日の夕方、コンビニに寄ったんだけども……。したっけ、カウンターで店員がヒソヒソ、俺の悪口言ってた」

「何て?」

「また来た、とか。自炊してねえ、とか」

 駿は「うーん」と唸った後、

「……民喜、最近、眠れてる?」

 唐突のように別の話題を切り出した。民喜はキョトンとして、

「え? いや、あんまし」

と答えた。

「そっか。結構疲れてるんじゃねえか?」

「うん、そうかも」

 沈黙が続く。

「あのさ、民喜、ちょっと言いづらいんだけども……。ちょっと病院さ行ってみたらどうだべ」

「病院? 何の?」

「うーん、心療内科の。いや、あんまり眠れねえって言うから。ちょっと医者に相談してみたらいいかもしんねえ。それにいま、精神的にも少し不安定になってるんじゃねえか」

「心療内科……」

 心療内科に行くなんて、今まで考えたこともなかった。駿の提案に戸惑いつつも、

「うーん、分かった。考えてみる」

 と返事をする。駿の言うことだから、何か大切な意味があるのかもしれない。

「もしくは、大学の中に学生がカウンセリング受けられるところ、ねえか? 多分あるはずだけど」

「あるかも。了解、調べてみる」

 

 駿との電話を終えて30分ほど経ったとき、将人からも電話がかかってきた。

「民喜、駿からも電話で聞いたけど。あんま調子よくないって?」

「うん、そうみたい」

 将人の声も聴くことができて、民喜はホッとした。

「民喜、来週の土日に、駿とそっち行くから」

「えっ、マジで?」

「ああ、ちょっと心配だからな。顔見に行くわ」

「えー、そんな。すまねえ、福島から東京まで、わざわざ……」

「何も。気にするな。ちょうど俺も駿も、来週の土日予定なかったし」

 机の上のカレンダーを確認する。来週の土日というと、1017日と18日だ。

「サンキュー。将人と駿が来てくれるなら、心強いわ」

「朝から俺の車で向かうから。多分、昼前には着くと思う。近くなったらまた連絡する」

「分かった」

「民喜、だから元気でいろよ。無理すんな」

「うん、マジでありがとう」

「何かあったら、いつでも連絡しろ」

「分かった、ありがとう」

 電話を切った民喜は改めてカレンダーを見つめた。

駿と将人が来てくれる――。

思いがけないことだったが、おかげで動揺していた心が幾分落ち着いてきたように感じた。真っ暗だった胸の内に微かにあかりがともったような心地になる。

 と同時に、いまの自分はそんなに調子が良くないのだろうか、と思う。駿は自分に心療内科に行くことを勧めてくれた。心療内科って、心の病気になったら行くところじゃなかったっけ? 心療内科に行く必要があるほど、いまの自分は大丈夫じゃなくなってしまっているのだろうか?

 ふと胸の内に明日香の言葉がよみがえってきた。

「民喜君も……体調、大丈夫?」――

 

 

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作者:鈴木太緒(すずき・たお)

   岩手県花巻市在住。猫3匹と同居。

お問い合わせ:neanderthal.no.asa@gmail.com