5、

「先のこと」を考えること――。

それが民喜にとって、最も苦痛な事柄の一つだった。何か陰惨なものが自分を待ち受けているような気がして、怖かった。

コンビニの前を通り過ぎようとしたとき、向こうの暗がりの方から弾けるような笑い声が聞こえた。学生とおぼしき数人の若者が歩いてくるのが見える。民喜は彼らを避けるようにして横断歩道を渡り、反対側の通路へ移動した。

東京スバルの看板を通り過ぎる。もう、すぐ隣が大学だ。

民喜は正門の前で立ち止まり、一瞬躊躇した後、大学の構内へ入っていった。この正門から、600メートルもの長さの直線道路が続いている。

夜の「滑走路」には誰も歩いていなかった。あちこちの茂みから涼しげな虫の音が聞こえてくる。

民喜は道路の真ん中に立って、しばらく佇んでいた。等間隔に置かれた外灯が桜並木を照らし出している。並木道の果てはぼんやりとした闇に覆われていて、何も見えない。

先の方を見ているうちに、民喜は改めて強い不安を感じた。

 

この先

帰還困難区域につき

通行止め 

 

 

バリケードの横に立てられた看板の言葉がよみがえってくる。民喜の目に、目の前の桜並木と故郷の桜並木とが重なって見えてくる。瞬間、自分がどこにいるのか分からなくなる。

あの暗闇の先には、何があるのだろうか……? あの先にはきっと、陰惨な何か待ち構えているに違いない、と思う。

この先は、行き止まり。

この先は、真っ暗。

 俺らの、先のことは――。

そう胸の内で呟いて、民喜は「滑走路」から立ち去ろうとした。すると前方からフッと風が吹いて来て、民喜の前髪を揺らした。頭上の桜の葉がサワサワと音を立てている中、

 

また朝が来てぼくは生きていた ……

 

彼女の歌声が聴こえた気がした。

ハッとして立ち止まる。葉音に交じって、一瞬、明日香さんの歌声が聴こえた気がした。ぼんやりとした闇に包まれた、あの先の方から――。

 

 

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作者:鈴木太緒(すずき・たお)

   岩手県花巻市在住。猫3匹と同居。

お問い合わせ:neanderthal.no.asa@gmail.com