3、
カーテンの隙間から外を覗く。青空が見える。眩しさに顔をしかめ、民喜は隙間なくまたカーテンを締め直した。
チュ、チュチュン……。
(久しぶりに外に出て、食事でもするかな)
小鳥のさえずりを聞きながら、胸の内で呟く。昨日の差し入れを食べたおかげで、わずかにではあるが体に力が戻って来ているように感じる。
ホントに助かった、と思う。
誰かは分からないけれど、差し入れを持ってきてくれて、本当に有難い。
民喜は机の上のリンゴを見つめた。
でも、一体、誰が……?
もしかして、神さま……?
「えーと、スマホ、スマホ」
民喜はキョロキョロと部屋の中を見回した。敷布団の下からスマホが顔を出しているのが目に留まる。
「そんなとこにいたのか、君は」
屈みこんで、スマホを引っ張り出す。何だか久方ぶりにスマホを手に持った気がした。
側面の電源ボタンを押すが、画面は暗いままで何も反応しない。バッテリーがなくなっているようだった。いつから充電が切れた状態になってしまっていたのだろう? そう言えばここ数日、誰からも連絡が来ないと思っていたら……。
「えーと、充電器は……」
明日香さんや駿と将人から何か連絡が来ていたら大変だ。
「充電器、充電器……」
床に散乱した服をあれこれ持ち上げてみるが、なかなか見当たらない。
四つん這いになって下着の山を崩していたとき、窓の外から声が聞こえた。
「福島から来た」
「被ばくしている」
ギクッとして手を止める。明らかに自分に対して投げかけられた言葉だった。
近所にも自分のことが知られている……?
頭からサッと血の気がひいてゆく。近所だけではなく、もしかしたらこの地域全体に自分のことが伝わってしまっているのかもしれない、と思う。
床に手をついて身を伏せたまま、民喜は目まぐるしく頭を働かせた。
このままじゃ、危ねえ!
とりあえず窓を封鎖して、部屋の中の様子が外に知られないようにしなければならない。
「危ねえ、危ねえ」
そう呟いて、民喜は四つん這いの姿勢のまま、小動物のように素早く台所に移動した。
野菜が入っている段ボールを持ち上げ、思い切って逆さにする。傷んだリンゴや野菜がゴロゴロと床の上に転がる――が、見ないように顔を背ける。戸棚から料理用のハサミを取り出して、段ボールの四方を切り離してゆく。
(危ねえ、このままじゃ、危ねえ……)
四方を切り離し終えると、やはり四つん這いの姿勢で民喜はリビングに戻った。外から自分の姿が見られないように気をつけつつ、十字型に広げた段ボールを窓ガラスにあてがう。
まだ大きさが足りない。十字で隠れている部分以外の四角から光が漏れ出てしまっている。
民喜は床を這うようにして玄関に行き、靴箱の後ろの隙間に入れていた段ボールを引っ張り出した。これらをさらに組み合わす必要があった。
リビングに戻り、引き出しからガムテープを取り出して段ボールをつなぎ合わせる。これで窓を覆うには十分な大きさになるだろう。カーテンは邪魔なので、取り外すことにしよう。
外からの視線を気にしつつ、民喜は段ボールをガムテープで窓に貼り付けていった。
そうしている内にも、先ほどのささやき声が耳元によみがえってくる。
(福島から来た)
(被ばくしている)――
頭の中でそれらのささやきがグルグルと駆け回り始め、ますます焦りを感じる。
早く、早く……封鎖しねえと……!
何とか窓ガラスを段ボールで覆い終わって電気を消すと、部屋の内部は真夜中のように暗くなった。
ハーッと息をつき、布団の上に座り込む。
まずは、この部屋を外部から遮断することができた。まあ、とりあえずの応急処置に過ぎないけれど……。
「何だよ、福島から来たからって、馬鹿にしやがって。ちくしょう、何で知ってんだ、俺のこと。被ばくしてたら、悪いのかよ。ちくしょう……」
それからしばらく民喜は虚空を睨みつけながら、小声でブツブツと独り言を言い続けた。